ここは、まるで本当に生きているかのような世界。
見るもの、動くもの全てが、現実味を帯びている。
もう、あなたはこの世界に降り立ったのだろうか。
目の前の重そうな扉に手をかけ、
ゆっくりと押してみる。
扉は、それほど重くなかった。
木がきしむ音がしながら開き始める。
「ここは・・・・」
暗闇の世界とは別の世界のようだった。
両脇には、アンティークなソファがいつくか並び、
一番奥には、祭壇がある。
優しいバラの香りとともに、温かい光に包まれ、
祝福の声が聞こえてきそうだ。
「ああ、ここは教会なのか。」
そう気づくのにそれほど時間はかからなかった。
辺りを見渡しながら、祭壇へ近づこうしたときだった。
「ようこそ、長い旅でお疲れになったでしょう」
どこからともなく、優しい口調の声が聞こえる。
「ほら、ゆっくりとまばたきをしてごらんなさい。
あなたの周りの景色が変わっていきますよ」
ゆっくり目を閉じ、またゆっくりとあけてみた。
「あ!」
そこには、幸せそうに神父と向かい合う新郎新婦の姿。
そして、さほど多くはないかけがえのない友人たちが
ソファーに腰かけ、二人の顔を見ながら微笑んでいる。
まだ若い花嫁は、ひざまずく新郎から手のひらに口づけをもらっていた。
「そう、ここで幸せを誓い合った人たちの風景が
ゆっくりと見えてくるのですよ」
バラの香りは変わっていない。
優しく包み込むような香りの中、挙式は終わりを迎えていた。
人々が去った後の教会は、静寂に包まれている。
よく見ると、教会のサイドには、カウンターらしきものが見える。
女性が1人、カウンターの中でたたずんでいた。
「いらっしゃいませ」
細く透き通るような声。
あの声だ。ここへ導いてきた、あの声だった。
女性は、微笑みながら、カウンター席をさした。
「よかったら、こちらへどうぞ」
それほど広くないバーカウンターに、
数個の木製のチェアがあるだけだ。
何か話さないといけない、そんな気持ちはどこにもなかった。
話をしなくても、ここにいられる、そんな雰囲気なのだ。
「ここは、まだ一部分に過ぎないのですよ。
外に出て、ゆっくりと歩いてみてください。
きっと、月の光が新たな道を示してくれると思います」
そういうと、女性は、奥へと歩いていった。